晴れ時々走れ

マラソン、トライアスロン、人生について

釜石へ③はまゆりトライアスロン

釜石はまゆり国際トライアスロン大会が東日本大震災で中止になってから6年。今年、9月2日(日)、完全復活を果たしました。

 

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震災が起きた当時、私は札幌に住んでいました。震災後の2011年から2013年にかけて仕事の関係で何度か釜石の市街地の北にある鵜住居地区や栗林地区を訪れました。根浜の海岸ではこの場所でトライアスロン大会が20年以上開かれていたことを知りました。白い砂浜は見る影もなく流されてしまい、松林には様々なモノが引っ掛かり散乱して、あちこちに積み上がっていました。

 

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この地域では海岸線から嵩上げされた道路沿いに建つ旅館、宝来館の2階部分を超える津波が押し寄せました。旅館関係者は間一髪で裏山を登り危機を免れました。近くの鵜住居小学校では3階部分に車が突っ込んでいました。

 

震災後は北海道など県外から支援にきたボランティアたちが松林での片付けを行なっていました。震災直後の気分としてはとてもトライアスロン大会どころではありませんでしたが、もし、いつか大会が復活したなら出場しようと心の奥底で決めていました。

 

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根浜のビーチは半島の途中にあります。海岸線の道路は津波でやられ、その後はトラックなどの復興道路として活用されたため使用できませんでした。ようやく2015年に短い距離で大会が復活。これは、当初から2016年に予定されていた岩手国体のプレ大会でもありました。(オリンピックを始め国体など持ち回りの主要大会では運営ノウハウを確立するためにプレ大会開催が必須です)。そして、2016年には国体を開催。トライアスロンが正式競技になった記念すべき年でもありました。そして、今年、市民大会として完全復活を果たしたのです。

正直言って遊びに過ぎないトライアスロン大会の開催にこぎつけるまでには関係者の大変な苦労があったと思います。感謝です。

 

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震災直後はあまりの状況に何もできませんでした。でも「自分ができる時に、必要とされることを支援すれば良い。いつかその時期まで力を蓄えろ」という言葉が当時言われていました。ずいぶんと力を蓄えっぱなしになりましたが、せめてトライアスロン大会が復活した時はその様子をリポートしようと考えていたわけです。

 

震災から6年が経ちました。当時の小学一年生は中学一年生です。震災5年を区切りにメディアの取り上げ方もだいぶ変わりました。これからは、地道な道のりが続きます。外見は修復されたように見えても、内面に負った傷にはかさぶたをしながら地域の課題に向き合う日々が続いていきます。そんな時こそ訪れたいと思いました。また、今、訪れなければ、きっと疎遠になると考えました。

「人生、先送りはあかん」ですね。

 

もしかしたら震災時にお世話になった人たちに会えるかもと淡い期待を抱いていました。ただ、参加決定が直前だったので連絡していませんでした。ところが、ウエットスーツを着てスイム会場に向かうとき、懐かしい声に話しかけられたのでした。なんと大会ボランティアとして参加していたとは!しかも、ウエットスーツにスイミングキャップ姿の自分に気づいてくれるなんて!

 

彼女たちは、震災後に「三陸ひとつなぎ自然学校」という団体を立ち上げ、地域作りに取り組んでいます。

 

ちっとも変わらない元気な声。これだけでも参加して良かったと、思わずジーンときました。きっと大勢の人が訪れたでしょうし、しかも4年経っても覚えていてくれる釜石の皆さん。復興の手助けとか言いながら、結局は地元の方々にお世話になってばかりいます。

ちなみに、三陸ひとつなぎ自然学校、通称「さんつな」のサイトは下記です。こうした若い力がこれからの本当の復興を支えます。

三陸ひとつなぎ自然学校 

 

レースの詳細は次回に。

全国のみなさんにぜひ参加してもらいたいと思わせる素晴らしい大会を紹介します。