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晴れ時々走れ

マラソン、トライアスロン、人生について

優しいレース

トライアスロン マラソン

以前はレースで戦闘モードになっていました。

絶対に勝ちたい。負けたくない。プレッシャーによって高まった緊張感で、アドレナリンが出て、恐怖心を打ち消し、闘争心が沸き上がりました。

スイムでぶつけられたり、バイクでドラフティングされたり、ランの給水で割り込みされたりしたら、すぐカチンときていました。

体力的にも追い込んで1秒を削りだしていました。口からよだれを垂らし、呼吸を喘ぎ、心臓は早鐘を打ち、気持ちの余裕はありませんでした。

 

ところが、ここ2年ほど諸事情により満足な練習をしていません。体力も年齢相応に衰え、競争心も失ないました。そこで、今シーズン初戦の南紀白浜トライアスロンではレースのモチベーションをどこにおくべきか迷っていましたが、ふと、これまでとは違う、『人に優しいレース』をしてみようと思いました。これまで「絶対、負けない」だったのを「一緒に走ってくれてありがとう」に変えてみました。

 

すると、何だか、温かい気持ちになれるんですね。自分のタイムロスになる他の選手の行為があっても気にならない。みんなと一緒にフィニッシュを目指していること自体が嬉しく感じられました。

 

ところで、スポーツ選手には3つのタイプがあると思います。

 

① ラフプレーをしない選手

② ラフプレーをしてでも勝ちたい選手

③ ラフプレーをせずに勝つ選手

 

ある程度、上を目指そうとすると②のタイプの選手が出てきます。こうした選手は、闘争心や向上心がある一方で、上位の選手に対して体力や技術が劣ってコンプレックスも感じています。でも、勝ちたい。すると欲望はねじれて、反則ギリギリのプレーに走ってしまいます。

ラフプレーは言い換えると「楽をするプレー」です。技術で負けているので、より体力でカバーしなくてはいけない。でも、もう疲労が蓄積してしんどい。だったら楽な方法で挽回するしかない、というプレーなのです。

しかし、トップレベルではクリーンなプレーだけで勝負する③のタイプの選手ばかりになります。ラフプレーを必要としないほど、技術に優れ、きちんと練習を積んで体力も十分なためです。

また、ラフプレーをする愚かさも知っています。ラフプレーをして一瞬でも楽をしようとする気持ちは、トップレベルでは、大事な局面での一瞬の判断の遅れになり致命的です。

そして、トップレベルの選手たちは得てして、自分の弱さに負けてまで、勝負に勝ちたいとは思っていない崇高な精神の持ち主でもあります。自らを律して、おごらず、理想を追求する、このレベルの選手たちは、どの競技においても本当に謙虚な方々が多いことを実感します。

 

自分はまぎれもなく②のタイプの選手でした。勝負に対する気持ちをこじらせていました。なるべく表には出さないよう自制していましたが、言動の端々からは滲みでていたと思います。例えば、レースで減速しなければいけない区間であっても、前の選手が遅ければ抜いてしまったり、もっと速く行けよと心の中で呟いたりしていました。それは、必死になって1秒を削ったのに、こんなところで無駄にしたくないというケチな思いが生んだ行為でした。

 

今回、人に優しいレースをして、タイムは遅くなりましたが、とても心が晴れやかになりました。ラフプレーをしてでも勝ちたい気持ちからは卒業できました。そして、それは若さとの別れなのかもしれません。

 

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